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全てを焼き尽くす雷を

~ The Great World is being led by The Grand Destruction ~







偉大なる世界



 偉大なる世界が大いなる破滅に導かれている

 男が沙漠を歩いていた.あたりは砂以外に何も無い.ただ風が砂を巻き上げ,彼を襲う.彼はそれを気にも留めず歩いていく.
 男の名は,エド.強い日差しや砂塵,そして乾燥から身を守る白い布を身につけ,左手には杖を持っている.黒い髪は砂塵にやられ,ばさばさになっている.
「出来うる限り距離を稼がねば.世界が破滅する前に」
 エドは,目の前に男を見つけて,そう言った.男は,エドを見たまま言った.
「お前に出来ると思っているのか」
 エドは答えた.
「分からない.だから私は距離を稼ぐ.出来うる限り」
 男は言った.
「お前は自分のしている事が正しい事だと思っているのか」
 エドは答えた.
「彼は彼が正しいと思う事をする.君は君が正しいと思う事をする.ならば,私は私が正しいと思う事をする」
「そうか」
 男はそういうと,エドの腹を思い切り蹴飛ばした.
「俺は俺の正しいと思う事をする」
 エドはうめいて倒れた.熱い砂の上に.

 偉大なる世界で死の砂が舞い踊る

 彼は商人.沙漠の村を渡り歩く.それぞれの村の生命を支える重要な人物.もし彼がいなければ,それぞれの村では余るものに囲まれて足りぬものの為に死ぬだろう.
 彼はラクダに荷物を載せていた.彼は次の村へ向かう途中に倒れている人を見つけた.
「おい,あんた.大丈夫か?」
 倒れている人はエドだった.だが彼は生きていなかった.彼は目を開いた.
 商人は彼に水を与えた.
「大丈夫か? あんた,名は?」
 エドは答えなかった.口はわずかにも動かない.だが,彼の手は何かを探すようにあたりを探っていた.
 商人は,彼の探しているものを見つけた.杖だった.彼は杖を取ると,エドの左手に握らせてやった.それは魔法使いの杖だった.よく見ると,エドは魔法使いのローブを纏っていた.沙漠衣装に似ているが為に分からなかったのだ.無論,見る者が見ればすぐに分かるものだが.そして彼は,魔法使いに名を聞いてはいけない事を思い出した.
「すまなかった,魔法使い.あんた,呼び名は?」
 エドは答えた.
「テリー」
「そうか.俺はジェディ.沙漠の商人をやっている.テリー,目的地は?」
「……わからない.だが近くだ.すぐ近くだ.出来うる限り距離を稼がねば.そう……出来うる限り」
 魔法使いの言葉は分かりにくい.
「分かったよ,テリー.俺には魔法使いの言ってる事は理解できないって事がな.まあいいだろう.俺が次の村まで送っていってやる.ただし,テリー,あんたは荷物扱いだ.それから,村に付いたらすぐに捨てる.人買いにさらわれても,奴隷にされても,沙漠に捨てられても,俺は責任は取れない.いいか?」
 荷物扱い.沙漠では最高の扱いだ.沙漠で貴重なラクダに乗れる人は少ない.出来うる限り多くの荷物を積み込む為,人はラクダには乗らない.
「ありがとう」
 エドは礼を言った.

 偉大なる世界で死の砂が舞い踊る

 エドは村に付いてから,ジェディに捨てられた.人買いにさらわれた.大きなオアシスに連れて行かれ,奴隷として売られた.
「お前,名は?」
 エドは答えなかった.口はわずかにも動かない.奴隷として衣服は悪質なものしか与えられておらず,魔法使いの杖も奪われていた.
「名を聞いているぞ,奴隷」
 エドは答えなかった.口はわずかにも動かない.彼は思い切り殴られた.砂の上に転がった.
「少し立場をわきまえさせねばならぬようだな.奴隷」
 エドは鋭利なナイフで腕を切られた.
「名を言え」
 エドは答えなかった.口はわずかにも動かない.彼はナイフを首元に突き付けられた.
「言わぬと殺すぞ」
 エドは答えなかった.口はわずかにも動かない.ナイフが彼の首を突いた.鮮血が飛び散った.
 魔法使いは死なぬ.名を知られぬ限り.魔法使いは死ねぬ.名を知られぬ限り.魔法使いは死ぬ事はない.名を知られぬ限り.しかし生きられるとは限らない.
 生きていないエドは沙漠に捨てられた.

 偉大なる世界で死の砂が舞い踊る

 少女が沙漠を歩いていた.白いローブを纏い,左手には魔法使いの杖を携えている.長い黒髪をうなじでまとめ,背中に垂らしていた.
 彼女は倒れている人を見つけた.
「ねえ,あなた.大丈夫?」
 倒れている人はエドだった.だが彼は生きていなかった.彼は目を開いた.
 少女は彼に水を与えた.
「大丈夫? あなた,名は?」
 エドは答えなかった.口はわずかにも動かない.少女は不思議に思った.確認の為に聞き直した.
「大丈夫? あなた,呼び名は?」
 エドの口がわずかに動いた.音は出なかった.少女は呼び名を聞き取る事は出来なかった.だが,それは重要ではない.答えようとした事が重要なのだ.名を答えず,呼び名には答えようとした.それすなわち,魔法使い.
 彼女は呪文を唱えはじめた.
「汝,魔法使い.我,魔法使いリズの名において,汝の名を問う.我,魔法使いリズの名において,汝の名を他に知らせる事の無い事を誓い,今ここで汝の名が他に知られる事の無い事を誓う.汝,魔法使い.我,魔法使いリズの名において,汝の名を問う」
 エドは答えた.名は,エドだった.
 リズは名を知るとすぐさま蘇生の呪文を唱え始めた.エドは生き返った.
「礼を言う.魔法使いリズ.私は魔法使いエド」
「どう致しまして.ところで,呼び名は?」
 魔法使いの名は力を持つ.呼び合うには不都合だ.
「テリー」
 エドは答えた.エドは聞き返した.
「呼び名は?」
 リズは答えた.
「メリー」
 リズは続けた.
「じゃあ,テリー.あなた,目的地は?」
 エドは答えた.
「……わからない.近かった.とても近かった.だが,遠ざかってしまった.私は出来うる限り距離を稼がねばならない.世界が破滅する前に.
 ありがとう,メリー」
 エドは歩き始めた.行くべき所へ.行かねばならぬ所へ.
 リズは,黙ってその後についていった.

 偉大なる世界で死の砂が舞い踊る







大いなる破滅



 竜巻が来た.死の砂を舞い上げて激しく.エドは両手を前に突き出した.エドは呪文を唱えた.竜巻は進路を変えた.
 エドの足元に地割れが出来た.エドは落ちた.リズは杖をかざした.リズは呪文を唱えた.エドは地表に上がった.
「大いなる破滅が」
 エドは呟いた.
「偉大なる世界を導いている」
 リズは尋ねた.
「テリー.あなた,何をするつもり」
 エドは答えた.
「出来うる限り距離を稼ぐ.世界が破滅する前に」
 リズは尋ねた.
「そのあとは」
 エドは答えた.
「分からない」

 偉大なる世界で死の砂が舞い踊る

 流砂が見えた.エドは言った.
「……遅かった,のか……」
 リズが口を開いた.
「これは,一体……」
 エドは言った.
「大いなる破滅」
流砂がとまった.流砂の中央だったところには,赤茶げた大きな剣が刺さっていた.男が歩いてきた.男は言った.
「どうする?」
 エドは言った.
「私はおそらく,お前が正しいと思っていることをする」
 男は言った.
「そうか」
 エドは言った.
「今この剣を使いこの世界と大いなる破滅を焼かねば,大いなる破滅は別の世界を破滅に追いやるだろう.そうだな?」
 男は答えた.
「そうだ」
 エドは歩き始めた.全ての名を持つ剣の元へ.エドは言った.
「リズ.我々は遅すぎたのだ.大いなる破滅をとめることは出来なかったのだ.この剣は,この偉大なる世界と大いなる破滅だけでなく,全てを焼き尽くすだろう……」
 リズは言った.
「どう言うこと……? エド,どう言うことなの!」
 エドは答えた.
「全てを焼き尽くすしかない.ただそれだけのことだ」
 エドは剣の元へ来た.リズは言った.
「待ちなさい,エド! 大いなる破滅をとめるのよ!」
 男は言った.
「そうだ.全ては焼き尽くされる運命.エド……見せてみよ,その剣の真実の力を」
 エドは剣を握った.エドは言った.
「この偉大なる世界が大いなる破滅に破壊されれば,大いなる破滅は他の世界を導くだろう.土地は痩せ,空気は穢れ,水は汚れ,やがて生物は生きることが出来なくなるだろう.剣で焼き尽した方が,その世界の生物は苦しまずにすむだろう.
 我々は,遅すぎたのだ」

 偉大なる世界で死の砂が舞い踊る

 エドは言った.
「はるか昔,この剣を使い自由に雷を操った者がいると聞くが,はなはだ滑稽だ」
 エドは剣を抜いた.エドは低い声で言った.
「この剣は,こうやって使う」
 エドは剣を高く振り上げた.エドは叫んだ.
「雷よ!」

 偉大なる世界で全てを焼き尽くす雷が舞い踊る

 全てを焼き尽くす雷が.
 リズを焼いた.エドを焼いた.男を焼いた.死の砂を焼いた……
 魔法使いは死なぬ.名を知られぬ限り.魔法使いは死ねぬ.名を知られぬ限り.魔法使いは死ぬ事はない.名を知られぬ限り.
 男は魔法使いではなかった.男は死んだ.
 エドは魔法使いだった.しかし剣と雷は名を知っていた.エドは死んだ.
 リズは魔法使いだった.しかし剣と雷は名を知っていた.リズは死んだ.
 死の砂は舞い踊っていた.死の砂は焼かれた.死の砂は死んだ.

 偉大なる世界で全てを焼き尽くす雷が舞い踊る

 全てを焼き尽くす雷は,

 エドを焼き尽くし,リズを焼き尽くし,男を焼き尽くし,崇高なる人を焼き尽くし,愚かなる人を焼き尽くし,死の砂を焼き尽くし,穢れた空気を焼き尽くし,汚れた水を焼き尽くし,偉大なる世界を焼き尽くし,大いなる破滅を焼き尽くし,さらに自らをも焼き尽くし,



   そして後には何も残らなかった.




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管理者:Wayne mail address